結婚式やお葬式は見栄なのか
東広島のお墓やさん有限会社やまにしです^_^
巷では、大規模な結婚式場が経営難に陥っているニュースが目に入る。
何ごともコンパクトに、ローコストに、という時代の流れはいかんともしがたいが、
結婚式は、レストランやカフェなど、他の場所でも小規模なものなら代替できてしまうところも難しさがあるのだと思う。新規参入が容易い。
一方でお葬式はというと、結婚式と比較すると
レストランだカフェだといった場所でやるわけにはいかないので、小規模化が進んでいるとはいえ、まだ専業の立ち位置が守られているといえなくはない。
しかしながらどちらも市場が小さくなっていることは疑いようがない。
さてそんな記事の中で、
「結婚式も葬式も見栄だ」というコメントがあった。
つまり、見栄を捨てればやる必要がないといいたいわけだ。
まあ”必要性”についての反論はいくつかあるのだがそれは置いておいて、、、
見栄とは、自分の現実以上に自分を周りに対してよく見せるというものだから、
逆に言うと、自分の現実において必要なレベルまではやるべきだ ともいえる。
そのレベルは、一体誰が認定するのか???
あなた自身?
親きょうだい?
親類縁者や近所の人?
取引先?
どれも間違いではなさそうだ。
なぜなら、この世でのそういった相関関係の中で、気にかけてくれた人にお披露目したり、お礼をいったり、こんな機会でしか会えない人に会ったり。
それは自分軸でありながら、他人軸でもあり、
他人を大切にすることで翻って自分を大切にすることでもある。
まあそんな小難しいことは置いておいても、
結婚式やお葬式は、
言ってしまえば人生というエンタメの中でも、
なかなか貴重な劇場だといえると思う。
日常からすればほぼコスプレのような装いをしたり、あるいはみんなで喪に服する(故人や遺族に敬意を)かっこうをしたり。
そうしてみんなで場を整えて、プロの手も借りて。
いっぱい感動するし、
いっぱい泣けるじゃないですか。
それは、いくばくかの見栄をはるからできることでもあるよね。
お金も、コストも、色々たいへんだけど、
やってよかったは必ずある。
お金もコストもかけられないなら、劇場や段取りを工夫すればよい。
見栄だからといって、本来得られるチャンスまで置き去りにしてしまうのは、もったいないなとも思うわけだ。