遷墓
東広島のお墓屋さん、(有)やまにしです。
タイトルの”遷墓”という言葉を最近耳にしました。
なんとなれば、これはつまりはお墓の引っ越しにあたる内容です。
しかしながらそのニュアンスはとても、、、、、尊い表現ですよね。
それもそのはず、”遷宮”という言葉があります。
日本における重要な神社は、一定期間をめどにその場所を移動させます。
その習わしの起源はわたしもまだまだ不勉強ですが、
とても尊くシンボリックなそれも、同じ場所でずっととどまることはせず移動するということです。
その期間の長さや、作法の重厚感などを含めてこの日本の供養文化があるというものです。
家族というコミュニティ
地域というコミュニティ
国家というコミュニティ
地球というコミュニティ、、、、、、
どの単位でも根本は同じ。
大切なもの、尊いものはそれ相応の作法でもって、
手厚く取り扱うのです。そしてそうありながら永遠でなく流転していくことを知る。
墓じまいをするとき、いろんな思いが去来すると思います。
これでよいのかという自責の念、
これ以外にどうすればという焦燥の念、
こうであってほしいという懇願の念、、、、、。。。。
しかしそれも、大切だからこそ。尊いからこそです。
その感覚を持ち前に進むならば、それは墓じまいとは呼ばなくていい。
すべての関係性へ畏怖と敬意をこめて、
遷墓と呼びたいですね。