永代供養と墓地の整理
東広島のお墓屋さん、有限会社やまにしです^_^
近年では、弊社の事業の中でも
「お墓の改葬」
についてのご依頼を多く承るようになりました。
その依頼者は個人の場合もあれば、
寺院など墓地管理者の場合もあります。
特に歴史の深いお寺ですと、境内墓地に無縁となったお墓が点在しており、親族と連絡をとることすらできないため困っているという状況が多くみられます。
(とはいえそのお墓も建立から数十年とかいう単位のものではありません。もっと古く時間経過の長いもの)
そういったお墓に対してある程度の線引きをして、遺骨を境内墓地の合同墓へ埋葬し、墓石は処分するという内容でご依頼をうけるわけです。
100年昔のお墓事情を想像すれば、
当時は永代供養という言葉はなかったかもしれません。
また地元の親族も、お寺も世代を超えて続いていくもので、お墓の管理について現代のように社会問題化するなどと当時の人々は思いもよらなかったことでしょう。
逆にいいますと、現代においてそういった将来(自分の死後)の墓管理に不安がつのるようになってしまったからこそ、永代供養という言葉が生まれたともいえますね。
しかしながら、ここで無縁墓を整理することをいったい誰が責められましょうか?責めるべき家族も知人も、もはや誰もいません。そしてあくまでその境内墓地において、お寺の供養体制のもと大切に取り扱われているのです。これは正直にいいますととても好例だとすらいえます。
なぜならば、お寺に限らずいかなる墓地においても、この物質社会においては完全なる永遠を担保することなど不可能だからです。
不安を煽りたいわけではないのですが、現実に村墓地でも、お寺の管理墓地でも、果ては最新の室内型納骨堂でも、管理が出来なくなり放置されてしまうことがあります。
一部の方には、みたくない現実を突きつけているのかもしれません。
「そんなんなら、墓じまいするわ!」
とお感じになるかもしれません。
しかしこれは、本質として100年前も、現代も同じことなのです。そして、100年前から家族の礎として親しまれてきたお墓を、不要だったと責めることなど、誰にできますか?
「不要だったから処分する」のではないのです。
世代を超え親しまれて、やがてその役割を終えるから、そのかたちを変えるだけです。
祖霊への感謝と、その尊厳を忘れてはなりません。
つまり、お墓はなくならない。
かたちを変えてゆくことを恐れないでください。そしてそのなかで変わらない大切なものを見定めてください。
これからお墓を建てることをお考えの皆様には、その維持管理について永遠を求めることよりも、その本質としての大切さ、祖霊を大事にすること(ひいては自分を大事にすること)を意識してください。
それは、この日本の美しい文化なのです。
そしてその先、100年先の子孫たちがその時代にあったいちばん良いかたちで祖霊を守り、また自分を大切にしてくれることを信頼し任せましょう。