子供の頃の思い出

東広島のお墓やさん 有限会社やまにしです。

今回から、文体を変えてみることにする。

※します→する。

 

わたしは田舎の生まれだ。

だから40年前の当時でも、都会とは遊び方も、エンタメの在り方も違っていただろう。

まあ遊びといえば大概は野山を駆けずり回って、夏は海に入って、、、みたいなところ。

だから、特に運動が得意なわけではないけれども、あまり病気をしない頑健な体でいられているのかもしれない。

 

それはさておき、地元で毎年お盆に行われていた盆踊りのことを思いだしてみた。

 

もうとっくにそのイベントを続けることはできなくなっているけど、あの特別な時間は忘れようがない。 

 

その時間がすごく幸せだった、とかではなく、やはり切り取る心象風景としては思い出深いものがあるよね。

 

あの歌、

あのラムネの味、

小規模ながら祭りの匂い。

 

またそれを体験したい、という感覚ではない。

たぶん今ラムネを飲んだって、あれ?こんな味だっけ?と思うくらいのものだろう。

 

やはり思い出とセットなのだ。

 

盆踊りのためのやぐらを組んでくれた男衆、

朗快な歌を聞かせてくれたおじさん、

出店でラムネや金魚すくいとかを提供してくれた人たち、

子供に浴衣とかを着せてくれた大人たち、

 

 

みんなみんな、ありがとう。そこに在ってくれてありがとう。感謝してもしきれない。

 

いま自分は、次なる世代に対してそんな思い出を残せる大人でいられているだろうか?

自問する。

 

エンタメとして見てみれば、

最新のゲームを与えるのももちろんいいけれど。

盆踊りのように過去からの韻を守って繋がっているイベントには、代え難いものがあるような気もしている。 

 

いま自分は、それを再定義していきたいと考えている。この土地は、それをする価値がある場所だとみている。 

 

踏める韻がある  

ことは、ある目線ではとても貴重なことだと思うのだ。

つづく!