きみはリメンバーミーを観たか
いい供養いつまでも。
有限会社やまにし いい供養研究所ブログです(╹◡╹)
今日は、映画「リメンバーミー」についての考察回となります。とてもよい映画なのです
あの世とこの世のパスポート
この作品の舞台は、メキシコです。一年に一度、”死者の日”というイベントがあり、その日には先祖が家族に会いに帰ってくるというお話です。
一年に一度先祖が帰ってくるなんて、どこかで聞いたような話?
日本でも、お盆に死者の霊が帰ってくるという風習がありますね。
しかしここで特筆すべきは、そのための条件なのです。
詳しくはネタバレにならぬよう控えますが、
そのアイテムがなければ御先祖様は自分の子孫に会えないというか、あの世とこの世の間にある橋を渡り現世に帰ることができないのです。
そのアイテムとは、、、、?
ここでひとつ、いい供養式研究所で題材にあげるべきポイントがあります。
それは、そのアイテムは死者自身が持ったり作ったり、持つために働きかけたりできるようなものではないということです。
つまりそのアイテムは生者であるわたしたち子孫が握っているもの、といえます。
死生観は国が違えど
死生観は、国や風習が違えども重なる部分があり、この映画からも、
「これって、日本のアレじゃね?」的な発見が数多くあると思います。その意味でも楽しめる映画ですね。
リメンバー、ミー
リメンバーという英単語の意味ですが、なんとなく日本の意訳として
“思い出す”
という使われ方が多いように感じます。
しかし実際にはもう少しニュアンスが広く、
“忘れない”
“胸の中に仕舞った過去を反芻する”
みたいな意味もあると感じます。
つまり、能動的に思い出すのか、自分の血肉としてその過去を保持していることなのか、という感じ。
そもそも何かを思い出そうとしても、心のアーカイブの中にその過去を仕舞った引き出しがなければ、思い出すという行為自体が不可能ですね。
この映画で語られていることは、この
思い出すこと
過去を思い出の引き出しに保持すること
この両面の大切さに触れられているのでは、と思います。
うかばれる ということ
この映画の中でも、不遇な御先祖様が子孫の働きによって救われる(うかばれる)という描写があります。
またそれにより、子孫自身も自分のルーツを知り、繋がりやいのちの意義を見出していきます。
この映画を見て感動したりなにか心を打たれたりする方が多いのは、この作品の中で表現されていることが、
どなたにも本来備わっている根源的な愛、喜びにつながっているからではないでしょうか。
それを言語化してしまうとなにかチープに感じてしまいますし、ぼくにもまだそれを一言で言える言語力がありません。
ひとつだけいえることは、
御先祖様を大切にすることは、自分自身を大切にすること
なのだと思います。
※しかし、御先祖様の過去が決して嬉しいことばかりではないこともあります。そういった場合にどう考えるのか。これはまた別の投稿にて(´∀`)
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